2010/10/27

ランナー・村上春樹  ランナーの言葉

「ノルウェーの森」、「1Q84」などの作品で知られ、海外でも高い評価を受け、ノーベル文学賞候補にもなっている作家、村上春樹。

「ハルキスト」と呼ばれる彼の愛読者には、村上さんがマラソン・ランナーであることはご存知のことと思います。僕自身、彼の事に興味を持つようになったきっかけは、彼が毎年、ボストンやニューヨークのマラソン大会に出場し、4時間以内で完走しているだけでなく、100kmマラソンやトライアスロンにチャレンジしている人だと知ってからです。

初めて買って読んだ村上さんの著書は、シドニー五輪の観戦記を中心としたオーストラリア紀行「Sydney!」。さすがに、五輪の競技はマラソンとトライアスロンにしか興味がない、というだけあって、マラソンがメインとなっています。プロローグからして、その4年前のアトランタ五輪のマラソンを走っている時の有森裕子さんの心象風景なのですから。

さすがに素晴らしいのは、ランナーの走る姿の描写です。男子マラソン代表で、当時の日本最高記録保持者の犬伏孝行さんのトレーニングを見学して、彼の走る姿をこのように表わしています。


“二時間十分のあいだ、彼ら(長距離ランナー、筆者注)彼らは決して走りに飽きたりはしない。一種の不動の反復の中に、彼らは呑み込まれてしまっているように見える。迷いも無く、誤差もない。足はいつも同じタイミングで行き来し、首はしっかりと肩の上に固定され、視線は一点に集中し、腕は同じ一つの軌道を機械的に描く。”

“彼らは普通ではないサーキットに入り込んでしまった人々なのだ。”

僕が好きなのは、男子10000mのレースの描写です。

“それは儀式のようにさえ見える。人々は黙々と、ほとんど機械的に走りつづける。ストライドの長さも、スピードも、同じフィルムを繰り返しているみたいにえんえんと一定である。しかしそこにはもちろん不穏な予感が含まれている。突然、爆発がやってくる。人々の間魔術的な閃光が走る。あと三周、あるいは二周。何かがランナーたちに乗り移る。素晴らしい瞬間だ。そして彼らは矢のようにトラックを疾走し始める。”


3年前に、村上さんは、自身のランニング生活について書き下ろした「走ることについて語るときに僕の語ること」という本を刊行しました。それを手に入れて、疲れた時などにまるでサプリメントを摂るように読んでいます。それによると、彼が走り始めたのは33歳の時。小説を書くことに専念するために、それまで続けていたジャズ喫茶の経営の仕事を止めることを決意した時期だったといいます。いわば、人生のひとつの分岐点といえる時期に走り始めたということです。

“三十三歳。それが僕のそのときの年齢だった。まだじゅうぶん若い。でももう「青年」とはいえない。イエス・キリストが死んだ年だ。”

ちなみに、僕が走り始めたのは、離婚を経験した直後、31歳の時でした。


“走り始めてしばらくは、それほど長い距離を走ることが出来なかった。二十分か、せいぜい三十分程度だったと思う。それくらいで、はあはあと息が上がってしまった。心臓がどきどきして、足がふらついた。長いあいだ運動らしい運動をしていなかったのだから仕方がない。走っているところを近所の人に見られるのもなんとなく恥ずかしかった。”


走り始めて間もない頃は、誰でも同じような気持ちになったと思います。


“しかし継続して走っているうちに、走ることを身体が積極的に受け止めていくようになったし、それにつれて距離も少しずつ伸びて行った。フォームらしいものができて、呼吸のリズムも安定し、脈拍も落ち着いてきた。スピードや距離はともかく、なるべく休みを作らないように、毎日走ることをだいいちに心がけた。”

“そのようにして走るという行為が、三度の食事や。睡眠や、家事や、仕事と同じように、生活サイクルの中に組み込まれていった。走るのはごく当たり前の習慣になり、気恥ずかしさのようなものも薄れていった。スポーツ用品店に行って、目的にあったしっかりとしたシューズと、走りやすいウェアを買ってきた。ストップ・ウォッチを手に入れ、ランニングの初心者のために書かれた本も買って読んだ。そのようにして人はランナーになっていく。”



書き写していて、

「ああ、自分にもそんな頃があったなあ。」

と懐かしく思えてきました。村上さんはどうやら、僕と似たような性格のようです。僕も彼と同様に「一人でいることをそれほど苦痛としない性格」だからです。マラソンに向いた性格というのは、そういう性格のようです。

今の僕はけっこう多忙です。(今日は仕事が休みなので久しぶりに朝からPCに向き合ってます。)なかなか走る時間がとれない、と思うこともありますが、そんな時にいつも心に刻みたい、村上さんの言葉を、最後に紹介します。


“もし忙しいからというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。”


マラソン以外について書かれた村上さんの本も読んでみようと思い、書店にでかけました。多くの著書の中から選んだのは、地下鉄サリン事件の被害者のインタビュー集「アンダーグラウンド」。かなり分厚いのでまだ読み終えていませんが、書き上げるまで、かなり大変な本だったとは思いました。ちなみに、この本が書かれた1996年、村上さんはサロマ湖100kmマラソンに初チャレンジして、完走しています。まさに忙しいことは、走らない理由にはなりませんね。

余談ですが、「村上春樹」というのはペンネームであって、レースには本名でエントリーしているそうです。


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