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ルルドの泉で  

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「ルルドの泉で」

原題/LOURDES
監督/ジェシカ・ハウスナー
出演/シルヴィー・テステュー、レア・セドゥ、ブリュノ・トデスキーニ、他。

解説/
『サガン−悲しみよ こんにちは−』のシルヴィー・テステュー演じるヒロインがいつ立ち上がり、いつ倒れてしまうのか、それを見守るだけでどきどきして十分サスペンスの味わいがある。『白いリボン』の巨匠ミハエル・ハネケに師事したオーストリアのジェシカ・ハウスナー監督が入念なリサーチと司教との交渉を重ね世界最大の巡礼地ルルドでのオールロケを敢行した本作。緻密な台本と明確なイメージによって、清冽さと残酷さと、そこはかとないユーモアを醸し出している。重い病や障害、あるいは癒しがたい孤独を抱えた人々を描きながら、そこには貫かれた静寂があり、人生の意義を見出そうとする普遍的な人間の姿が浮かび上がる。

あらすじ/
奇跡を求めて世界中の人々が集うフランス南西部の巡礼地ルルドへのツアーに参加したクリスティーヌは、不治の病で車いす生活を強いられている。巡礼地への旅は唯一の楽しみだ。マルタ騎士団の介護係マリアやセシルらと共に、聖母マリアが出現した洞窟や、奇跡の水が湧き出る泉を訪れる中、突然、立ち上がって歩けるようになる。果たして、それは奇跡のなせる業なのか。周りの人々の心は懐疑と嫉妬に揺れ始める。(以上、goo映画より抜粋)

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↑レア・セドゥ&シルヴィー・テステュー


さて久しぶりの映画の記事でございます。
この「ルルドの泉」以外にも実は色々観ておりましてですね、男メルギブの「キック・オーバー」とか、リアルすぎると逆に地味になるのか「ネイビーシールズ」とか、宮崎あおいちゃんが激きゃわわな「天地明察」とか、我らが爆裂お父さんリーアム・ニーソンが雪山で狼とバトルする「ザ・グレイ」とか(←疲れていたせいか寝オチしてしまった)....まぁいずれもそこそこ面白かったのですが記事にする程の感想も無かったわけでして。
次回はナチスが月から攻めてくる「アイアン・スカイ」を観たいと思いまっす!

で、この「ルルドの泉」なんですが
わたしにしては珍しくおフランス映画です(フランス、オーストリア、ドイツの合作らしいです。フレンチ・ホラーは大好きですが、こういうのはあまり観ないもので....)

でも主演が「サガン/悲しみよこんにちは」「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」ではチョイ役ながら鮮烈な印象を残したシルヴィー・テステュー、更にトム・クルーズの「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」エロいにも程がある殺し屋が強烈だったレア・セドゥが出ているので、興味をそそられてしまいましてねぇ.....

だいたいわたし神様なんぞはこれっぽっちも信じていませんし、奇跡なんて起こる筈がないというスタンスで生きておりますので、この映画自体をかなり懐疑的な目で観ておったわけですが、観ているうちにだんだんと居心地が悪くなってくるというか、どう表現したらいいのか分らないような気持ちになってくるのです。

もともとこの映画の主人公は信仰心も薄いし、こういう巡礼地めぐりを観光みたいなもんだと思って参加しているようだし、神父さんとの会話で「自分より重い症状の人に同情なんかしない」などと言っておりますし、治りたいという気持ちはあっても奇跡など起きる筈も無い、諦めの境地に居る人なわけです。

ですが、奇跡は彼女に起こります。それまで全く動くことがなかった身体が突然動き出し、立って歩けるようになるのです。彼女より熱心に信仰して、彼女より症状が重い人をさしおいて、神様は彼女に奇跡を与えたもうたのです。

彼女自身「え?なんで私が?」という戸惑いはあったものの、せっかくの奇跡ですからおしゃれをしたり恋をしたりと、女性としての喜びを存分に楽しむわけなんですが、周りの人からみると「たいして熱心でもないのになんであの娘が.....」って感じなんですよね。わたしだってテレビなどを見てセレブの豪邸拝見します的なものを見ると「チッ」とか舌打ちしてしまいますし、こういうのって誰にでもある感情なわけですから、否定する事もできないしなんとも居心地が悪い気持ちになってくるのです。

彼女にだけ奇跡が起こり周りがシラけた雰囲気になりつつある中、終盤で「彼女に起こった奇跡は実は一時的な回復というだけで、奇跡でもなんでもないんじゃないか」という疑惑が生まれるシーンがあるのですけど、なによりその周りの変な雰囲気を一番敏感に感じていたのは彼女自身でありまして、その時の彼女の表情がなんかね、凄まじいんですよ。上手く言えないんですが、人ってこんな表情するのかなぁ、と思う程の。
もうこの辺で居心地の悪さメーターの針がMAXになっとるわけですが、そんな雰囲気の中能天気にカラオケをしているレア・セドゥの歌声が響きわたり、画面は暗転しエンドロールが流れ始めます。正直「えー......」て感じなんですが、しばらくレア・セドゥのカラオケを聴かされ続ける(意外にいい声してて上手いんだけど)あたりにこの映画を撮った監督の底意地の悪さを感じる訳でして。

goo映画の解説によればこの映画を撮ったジェシカ・ハウスナーという人は、あの「ファニーゲーム」や「隠された記憶」、「セブンス・コンチネント」で観た者全てを凹ませる不愉快帝王ミヒャエル・ハネケさんに師事していたとの事で、ああなるほど!と合点がいきました。女性版ハネケと言っても過言ではない冷徹で突き放した目線。人間の残酷さを見せつけられるような、実にしんどい映画でございました......



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