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モールス  

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「モールス」Lat den ratte komma in

ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト/著
富永和子/訳


内容(「BOOK」データベースより)
母親と二人暮らしのオスカルは、学校では同級生からいじめられ、親しい友達もいない12歳の孤独な少年。ある日、隣のエリという名の美しい少女が引っ越してきて、二人は次第に友情を育んでいく。が、彼女には奇妙なところがあった。部屋に閉じこもって学校にも通わず、日が落ちるまではけっして外に出ようとしないのだ。やがて、彼女の周辺で恐るべき事件が…スウェーデンでベストセラーを記録したヴァンパイア・ホラー。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
リンドクヴィスト,ヨン・アイヴィデ
1968年、スウェーデン、ストックホルム郊外のブラッケベリ生まれ。マジシャン、スタンドアップ・コメディアン、シナリオライターなど多彩な経歴を持つ。2004年に発表した『MORSE』で作家デビュー。翌2005年のゾンビを題材にした第二作Hanteringen av od¨odaもベストセラーになった。「スウェーデンのスティーヴン・キング」の異名を取る、ホラー界期待の新星

富永 和子
英米文学翻訳家。獨協大学外国語学部英語学科卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
(以上、Amazonより抜粋)


るぅしぃはぁてんちょぉぉぉ!!
ぅありがとうございますぅぅぅぅ!!


先日Twitterで「ぼくのエリ/200歳の少女」の原作「モールス」買おうかなー、とか呟いておりましたら、るしは店長からメールが。

「wataruさん、モールスいりませんか?」と。

要る要る!!
でもなんでまた?と思って返信してみたところ、店長間違って2度買っちゃったそうなんです。なので余ったものを送りましょうか、との事でしてここはもうそのご好意に思いっきり甘えちゃおう、と。

読みたい読みたい、と思っていた本が思いもよらぬカタチで手に入ったのはいいのですが、一つだけ気がかりな事が.....

それは、わたし自身が「本を読めない病」という奇病にかかっているという事です。

「本を読めない病」なんて病があるわきゃーないのですけど、もうここ数年まともに本を読んでいません。つい最近どうにかこうにか読んだのが「ラブリーボーン」ぐらいでしてね。

僕がこの奇病に冒される前はそこそこ本を読む人だったんですよ、ほんとそこそこ。
ところが、ある時期から「文章を読んでも頭に入ってこなく」なってしまったんです。
入ってこない、というより「文章を頭の中で映像に変換する事ができなくなった」という感じでしょうか。いろいろ想像してはみるものの、その作業がとてつもなく「苦痛」になってしまったのでございます。

こういうのも一種の「老い」なのだな、と思い仕方ないかと諦めていたのですけど、例えば先に映画を観て、その後に原作本を読んでみる、という方法をとれば「楽に読める」という事が分ってきましてね。まさに「ラブリーボーン」などはそうだったのですけど、「絵」が強烈に印象に残っているせいか、文章を読むとパッと絵が浮かんでくるんですな。そうすると、読める読める。グイグイ読める!

という訳でこの「モールス」も、映画の美しい映像を思い浮かべながらグイグイ読み進めて、あっというまに読み終わってしまいました。

さて、この「モールス」。

えらい事になっております。

これから先はネタバレになっておりますので、各自 自己責任でお願いします。
読みたい方は「続きを読む」をクリックしてくださいませ♪

「続き」部分に追記しました(11月10日)

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↑エリの保護者を装っているおっさん/ホーカン。

映画では殆ど語られることがなかったホーカン。
以前書いた映画の感想では、「おそらく若い頃にエリと出会って恋に落ち、それからエリにずっと尽くしてきたのではないか」、さらに「これはその後のオスカーそのものなのではないか?」と推測したのですけど、原作では全然違っておりました。

原作ではホーカンとエリは、割と最近出会っているのですね。だからあんなに手際が悪かったのか....
ホーカンは元々教師であったが小児性愛者で、学校をクビになりやぶれかぶれになってもう死のうか、という所でエリと出会ってしまいます。一瞬にしてエリの虜となったホーカンは彼女の為に生きることを決意するのですが、そのあたりは映画でも描かれているとおり、獲物ひとつ満足に捉えることもできません。しまいにはヘタこいて自分の顔に硫酸ぶっかけて、運び込まれた病院で自らの命をエリに差し出す.......

映画でのホーカンの出番はそこまでなんですが、原作は違います。
エリに自分の血を吸わせていたところを見張りの警官に見つかってしまい、殺し損ねてしまうのです。今度はエリがヘタをこいてしまうというワケ。
確実に殺しておかないとヴァンパイアと化してしまうわけですが、どうもホーカンの場合「違う何か」に変貌してしまう。

というのもエリとホーカンが地下室で対峙する場面などは「招かれもしないのに入って来た」のですからね。急所である心臓をもぎとっても生きているホーカン。

このあたりの原作の描写は凄まじくホラーであり、読みながらゾクゾクしたものですが、「映画にもこれを入れてほしかった」という気持ちもあり「省いてよかった」という気持ちもアリで。
まぁ一番血なまぐさい場面なわけなんですけど、映画のバランスを考えるとこれはちょっとどぎついのかも。

エリの愛を、ただひたすらに求めた男・ホーカン。

なんと哀しい男なのか。

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そして、エリ。
あたしゃーてっきり女の子だと思っておりました。

劇中で「あたしが女の子じゃなくても好きでいてくれる?」という台詞も
「見た目は12歳の女の子だけども、ホントは200年生きてるおばあちゃんなのよ」
という解釈をしておりました。よって、あの傷跡も「子宮を摘出された」ものだとばかり思っていたのですけど、原作を読んでみたら完全に勘違いだったことが分りました。

「女の子じゃない」というのは言葉通りの意味で、
昔は「男の子」であり、あの傷跡は男性器を切除した跡だった、のです。
原作にはその場面も克明に描かれています。
わたし、すっごいショックでした。
でもオスカーのほうがもっとショックです。あたりまえだ。

でもなんか、オスカー君、いっときショックだったようだけど、身の回りで色んな事が起り過ぎたせいなのか、なんかもーどうでもいいような感じ。
どうでもいい、っつうか、もうここまできたら「性別を超越」しちゃってる愛なのですよね。まぁそれ以前にエリはヴァンパイアでもあるわけですから、もう男とか女とかは大した問題じゃないのかな。

オスカーとの恋が実っても、結局はホーカンと同じ運命を辿るのではないかとも思いましたが、長い長い孤独な年月の中で唯一の友であり恋人なのはオスカーただ一人。
プール事件のその後のことは描かれていませんが、きっと二人には幸せな未来が訪れるに違いない。そうだ。きっと、そうだ。

「映画が説明不足」であるのは確かに認めますが、わたしは映画は映画でキレイにまとまっているし、これはこれで全然アリだと思います。映画は映画で素晴らしい。原作はもっと素晴らしい。

一つ難点を挙げるなら、「読みにくい文章」だ、という事ぐらいでしょうか。訳がヘタなのかな。あと「英訳」を翻訳しているということも何か妙な印象を受ける原因なのかもしれません。しかし一度読み始めたらもう止まらない止まらない。特に下巻からの展開には圧倒され、久々に心の底から震えるような感動をおぼえました。

映画を観たひとは是非原作を読もう!

と、いう事でるしは店長ありがとうございました!!
今度東京に行ったら酒おごりますわ。
いつ行くかはわかんないけどね〜!


※追記。


そういえば、オスカーの父親は「ゲイ」説も間違い。原作を読む限りでは父親はアルコール依存症で、ソレが原因で両親は離婚している。原作の中ではゲイであるとは一言も言っていない。
しかし映画では説明がないせいか、オスカーの父親の家に遊びにやってきた酒飲み友達とデキているという解釈をされても仕方ないかな〜と思う。(映画を英語字幕で初めて観たときは、「ただの友達」ふうにしかみえなかったが、コメントをくれたSUZUKENクンは「あれはゲイでは?」と言っていた.....僕には分らないがああいうのはゲイっぽく見えるのかな。)

面白いな、と思ったのはこの作品の「ヴァンパイアの定義」で、血を吸うとか日光がダメとか招かれなければ中に入れない、などといった古典的なものの他に、なにかウィルスのようなものが感染して、それが「身体を乗っ取る」という要素も加わっていました。
ソレは、心臓の中に小さな腫瘍を作り、その腫瘍が「第二の脳」になってしまう。
この心臓にできた「第二の脳」こそがヴァンパイアなので、「心臓に杭を打ち込む」ことによって退治することができる、というのも「ああなるほどなぁ。よく出来ているなぁ」と思いました。

映画よりも原作のほうが、エリとオスカーのやりとりがより親密に描かれていて胸キュンです。
キスをすることによって「エリの昔の記憶を追体験する」くだりも非常に興味深い。終盤などはエリ自身が陽の光に焼かれそうになるハラハラドキドキの展開もあります。

.....まぁ、書き出すとキリがないのでもうこのへんで。
11



2010/11/13  15:57

投稿者:wataru

★SUZUKEN君>
キミはアメリカで大変な目に遭ったのだね......わたしにはゲイの知り合いは居ないので、どのへんが「ゲイっぽい」のか全然分らず。
それから、わたしが小説を書く、って提案.....
だいだいわたしの文章ってヘタですよ。ボキャブラリーとか無いし。でも一応ブログで書くときに心掛けているのは「話し言葉のような文章」、ってだけであとは面白おかしくできればいいなぁ、と。
小説書くよりもゾンビ映画を撮りたいよ。芹さん主演でね!!

http://sports.ap.teacup.com/watarusuper/

2010/11/13  15:18

投稿者:SUZUKEN

wataruさん

疑問にお答えいただいて、ありがとうございます。そうなんですよね。実際にアメリカでルームメイトの一人があっち側の人だったんです。しかも両刀(汗)。。。なんというか独特のアイコンタクトって言うんですかね。。あのシーンを見たときに、それがとても臭ってしまって。。でも疑問が氷解したので良かったです。

読むのが苦痛な奇病か。。。それでは御自身で小説を書いてみるなんていかがです?起承転結、文章のリズムも素晴らしいですし、ゾンビ、自転車、京都、ソウルミュージックを織り交ぜて。。うーん。。ファクターを書いただけでも、脂っこそうですね(笑)

ではまた

SUZUKEN

2010/11/10  23:50

投稿者:wataru

★亀母さん>
ついに読んでしまいました(るしは店長のおかげです)。
映画にはなかった色々な事が描かれていて大変によかったです。特にホーカンの部分は映画では全然説明がなかったものですから。
これについては「オスカーのその後?」ではなく、やはり生き抜く為のパートナーであったと。ロマンチックではなく非常に現実的な選択。
ラストの余韻も素晴らしいものがありましたね。映画では列車の中で、トランクの中のエリと「モールス」で短い会話を交わすのですが、なんて言ってたのかな〜、と気になるところでもあります。

http://sports.ap.teacup.com/watarusuper/

2010/11/10  23:16

投稿者:奈良の亀母

ついに原作を読まれたんですね。
ホーカンについては少年時代にエリと逢い
生涯を捧げてきたという方がロマンチック。
エリが一人だけ同じ境遇の女性と会話するシーンが
ありましたが、仲間同士協力したりはしないんですね。
ヨーロッパには大手製薬会社が多数あるから、上手く
治験機関をでっちあげて、堂々と清浄な血液を治験者
からゲットする仕組みを作ればいいのに。
吸血鬼は食事の楽しみを失ってしまうのも可哀想。
血オンリーだもの。友人や家族と食卓を囲むこともない。あと音に超敏感になる。
ラストは余韻があって素敵でした。

2010/11/10  0:32

投稿者:wataru

★るしはさん>
下巻からの展開はド熱いですよ!!
るしはさんは確かぼくエリの輸入版所有してませんでしたっけ??先に映画を観ると意外にスッと入っていけるかもしれませんよ(←実際わたしがそうでした)

とにかくありがとうござました〜!!

http://sports.ap.teacup.com/watarusuper/

2010/11/10  0:26

投稿者:るしは

こんばんわー!
ウチの本棚の肥やしになってた文庫がお役に立ててなによりっす!
そんなわけで読ませていただきました・・・途中まで^^;
   
実はですね・・・訳文が苦手なもので、まだ読了していなかったりするのです><
そして、私も最近「本を読めない病」を患っておりまして・・・
そんなわけで、せめてwataruさんが読んでくれてよかったです!本もきっと喜んでいることでしょう・・・

あ、でも私もやっぱ気になるので頑張ろうかな?と思いますw
頑張って読了した暁には、また訪れさせていただきますね〜^^

http://d.hatena.ne.jp/rushiha666/

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